ツタンカーメンについて

世界遺産には関係してませんが・・・ 
ツタンカーメンキューピーです。かわいい?とはいい辛いですね・・・ 

ツタンカーメンミステリー  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 

王家の谷にあるツタンカーメン王の墓は、1922年11月26日にイギリスのカーナヴォン卿の
支援を受けた考古学者ハワード・カーターにより発見、発掘された。ツタンカーメンは王墓
としてはきわめて珍しいことに3000年以上の歴史を経てほとんど盗掘を受けなかった
(実際には宝石の一部などが抜き取られていただけで副葬品自体は無事だった)、王の
ミイラにかぶせられた黄金のマスクをはじめとする数々の副葬品がほぼ完全な形で出土した。
 
その発掘は世界を大いに驚かせた。発掘のスポンサーとなったカーナヴォン卿が墓の
公開直後に急死するなど、発掘関係者が次々と不遇の死を遂げたとされ、ファラオの
呪いの伝説が広まっている。だが、実際に不遇に死んだ関係者は少数であり、呪いは
創作に過ぎない。また、ファラオのミイラに大きな外傷があったことから暗殺説を裏付ける
ものと注目されたが、いくつかの傷は20世紀前半当時のミイラを文化財として大事にしない
風潮のために発掘時につけられたものであったことが明らかになっている。
ツタンカーメンのミイラと、黄金のマスクをはじめとする数々の副葬品はエジプトに
残され、現在はカイロにあるエジプト考古学博物館に収蔵されて観光客に公開されている。

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